物語
家族の歴史を背負った少年
冬、父と息子は二人きりで山の稽古場へ向かう。六五〇650年の伝統をもつ狂言方の家に生まれた大藏基誠は、少年時代に父や兄と訪れていたこの場所に、十10歳になる息子・康誠を初めて連れてきた。基誠は幼い頃を思い出しながら、父が自分にしたように、康誠に稽古場の掃除から手ほどきをする。しかし康誠は、ふだんより厳しさを増して接する父に戸惑い、稽古を投げ出しそうになる。基誠も自分のやりかたに、どこかもどかしさを感じ始める。
家族をなくした少女
そんなある日、近くに住む老人・宮下と、その孫・咲子が訪ねてくる。
数年前、災害で両親を亡くした咲子は、父親の故郷であるこの地に身を寄せている。狂言の厳しく真剣な稽古を目にした咲子は、自分より幼い康誠が懸命に稽古する光景に目を奪われる。
続いていくもの、途絶えるもの。
その先にあるのは―
山々が春の気配を帯びてきたある日、咲子に導かれて森に入った康誠がそこで目にしたのは、この森で何百年も生きてきたであろう巨木と、その圧倒的な生命力の下で静かに朽ちていく命の姿だった。
続いていくもの、途絶えるもの・・・巨木の下、康誠は初めて咲子の深い悲しみに触れる。
自然という大きな時間の流れ、連綿と続いてきた狂言の伝統世界、今ここにいる自分たち。
それぞれの心に、小さな決意が生まれ始める。